五道口に行きました。日本語では「ごどうこう」と読みますが、北京に留学する日本人学生の間では「ウーダオコウ」と中国語の発音で呼ばれることがほとんどです。
五道口には北京語言大学があるほか、近くに北京大学、清華大学といった大学もあるので「学生の街」と言われています。とりわけ北京語言大学は海外から学びに来ている学生が多いので、留学生が多いイメージ。かくいう私も留学中には五道口によく来ました。
今はどうか分からないですが、当時は北京の留学生の大半が韓国人でした。私が留学した北京師範大学の場合、体感で7割くらい韓国人だったように思います。なので五道口に来ると至る所から韓国語が聞こえてきました。韓国料理の店もたくさんあって、韓国人留学生の友人に焼肉やカムジャタン*1を食べに連れて行ってもらったことを思い出します。
思い出の詰まった街ですが、このたび北京に赴任してから一度も訪れていませんでした。家や職場のある地域から少し遠いんですよね。行ってみたいとはずっと思っていたんですけど。最近、同じ時期に留学していた日本人の留学仲間が久しぶりに連絡をくれ、北京出張のついでに五道口に行ったと教えてくれました。ずいぶん街の雰囲気がかわっていたようで、私もぜひ見てみたいと思ったのです。
五道口の駅から出てすぐ目に入るのが、このビル“东源大厦”です。この写真は私が留学していた頃に撮影したものです。当時はビルの6階に「魚太郎」という居酒屋がありました。値段が手頃なので、いつも学生たちで賑わっていましたねえ。
今はビル自体は残っていましたが「魚太郎」は無くなったようです。2011年に撮影した写真と比べると、ほとんどの店が入れ代わっちゃったのかな。ピザハットとケンタッキーは残っていますが。
五道口でもうひとつ留学生に人気だった飲食店が「ばんり」。 ひらがなでばんりと書いてある以外は、あまりにローカルすぎる見た目です。トンカツの店で、カレーも出していました。日本人留学生だけでなく韓国人留学生にも人気で、いつ行っても店内では韓国語が聞こえました。
トンカツはこんな感じ。リーズナブルなのにボリュームたっぷりという、まさに学生向けの店でした。今は北京にも新宿さぼてんが数店舗あって本格的なトンカツが食べられますが、当時は「北京でトンカツといえばばんり」と言われるくらいでした。日本人の方が経営されていたそうです。
ばんりは無くなり、跡地には楊国福マーラータンができていました。調べてみると2015年1月に閉店し、20年の長きにわたる営業に幕を閉じたそうです。
ちなみにばんりは中国語だと“双马”(双馬)という店名でしたが、この“双马”を名乗る店が今も五道口にあるようです。トンカツを扱っていて「ばんりの伝統を継承」と謳っているそうですが、その実、元の日本人オーナーとは全く関係のない中国人が経営しているとのこと。以前は扱っていなかった韓国料理も出していて、ばんりを“中式日韩口味餐厅”(中国風の日本・韓国の味を提供するレストラン)と説明しているんだそうです。うーむ、ばんりは純粋に日本の味を提供する店だったと思うんですけど。こうして過去が上塗りされていくんでしょうか――何だか複雑な思いです。
この建物、何も知らない人が見たらただの雑居ビル。けれど、ここも北京に留学していた日本人にとっては思い出の場所です。この建物の地下に日本の漫画が読める漫画喫茶があったんです。その名も「B3」、地下3階にあるからというのが理由でした。私はそれまで日本で漫画喫茶に行ったことがなかったので、ここが漫画喫茶デビューの場所です。
入口はずいぶん怪しい見た目ですが、中は普通の漫画喫茶です。結構な数の漫画があり、いつも来たら3時間くらいいたかもしれません。私はここで「課長島耕作」シリーズを読むのが好きでした。
あと食事や飲み物も注文できるのも良かったです。聞くと、ばんりと同じオーナーさんが経営していたとのこと。メニューにはいろんな日本料理があって、私は豚キムチ丼が好きだったかな。ずいぶん格安で、こんな商売でやっていけるのかしらと思ったことを覚えています。
あと五道口で思い出すのは「易初蓮花」というスーパーマーケットです。日本人留学生の間では「ロータス」と呼ばれていたかな。ま、何てことはない普通のスーパーです。どんな店内だったかも覚えていませんが、この弧を描く形の建物が印象に残っています。
跡地にはこんな建物が建っていました。ロータスと同じように弧を描く形をしているので、ここが跡地で間違いないと思います。今は何が入っているんだろう、全然分からないですけど。きれいにはなったものの、何だか味気なくなりました。
で、そのロータスの向かいにはスターバックスがありました。私が留学していた頃の中国はコーヒーがまだ一般的ではありませんでした。街中でコーヒーを飲める場所は少ないか、あってもおいしくないコーヒーしか飲めませんでした。今は猫も杓子もコーヒーを飲むようになりましたけど。
私はコーヒー好きなので、スターバックスは「普通のコーヒー」が飲める貴重な場所でした。少し高めの値段設定でしたが、留学中はしょっちゅう通いました。
なかでも五道口のこのスターバックスはよく通った店のひとつです。私のお気に入りは窓ぎわの席。ここに座ってパソコン作業をしたり、新聞を読んで中国語の勉強をしたりしました。
今も同じ場所にスターバックスがありました。店内の雰囲気はずいぶん変わりましたが、窓ぎわから眺める外の景色は同じに見えました。今日は暑かったのでフラペチーノを注文。普段あまり甘いものを飲まないので数年ぶりです。久しぶりの抹茶クリームフラペチーノ、おいしかったあ。留学時代によく通った場所に妻と娘と再び訪れるというのは何だか感慨深いです。
ちなみに私が留学していた頃、五道口には踏切がありました。踏切は中国でほとんど見かけないので、大変印象に残っています。日本の踏切は遮断機が下りてきますが、確か五道口の踏切は学校の校門のような車輪付きの柵が閉まるタイプでした。ちなみに五道口という地名はこの踏切が由来です。中国語では踏切のことを“道口”と言い、五道口で「5つ目の踏切」という意味です。
今は踏切はなくなっていました。踏切どころか、ここを走っていた線路自体がなくなっています。調べると2016年に廃線になったよし。跡地は公園になり、入口には「京張」という文字のオブジェがありました(写真は裏から撮ったので反転しちゃっていますが)。これは走っていた路線の名前で(京張線)、北京と張家口を結んでいたのが由来です。今は地下に高速鉄道が開通しました。
公園には線路の一部が残っていました。かつて自分が見ていた光景がこうして「遺跡」みたいになるのは不思議な感覚です。
五道口はずいぶん変わりました。まるで浦島太郎の気分です。何だか街全体が「あっさり」したように思います。15年前の五道口はもっと雑多でゴチャゴチャしていました。でも活気があって賑やかでした。久しぶりに来た五道口はそんな雰囲気がなくなっていました。何も知らされずに来たら、私はおそらく五道口だと気付かないだろうなあ。きれいで整った街にはなりましたが、あの雑多な感じがすべて削がれてしまったように思います。
当たり前ですけど、今の日本人留学生は魚太郎も、ばんりも、そしてB3も知らないですよね。いえ、私は「昔はよかった」なんてことを言いたいのではありません。きっと今の留学生の皆さんは皆さんしか知らない五道口の楽しみ方をしていますよね。ただ、五道口はああいう街だったんだという事実が忘れられていくというのは何だか寂しい気もします。
五道口に限らず、北京の至る所が私の留学していた頃に比べて「あっさり」してしまいました。というのも私が北京に赴任して3年になりますが、この期間「ああ、懐かしいなあ」と感じる機会が全然なかったのです。街並みがことごとく変わり、懐かしいと感じさせる要素がなくなってしまったんだと思います。正直、私が当時留学していた街とは全然違うところに来てしまったような気分です。きっと今、私が見ている風景も数年後にはなくなってしまうんだろうなあ。せめて胡同(フートン)くらいは残っていてほしいです。
*1 | ジャガイモと豚の背骨(背肉)を使った韓国の鍋料理です。 |
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