The time is gone, the song is over, thought I'd something more to say.

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日本式焼き肉

中国は明日が「清明節」という祝日なので、街全体が何だか週末前の金曜日のようにソワソワしている。職場の中国人スタッフは定時になるとそそくさと退勤し、職場には日本人だけに。まあ、中国人スタッフはもとより定時に引き上げることが多いんだけど。

週末は出勤で働き詰めだったし、少しくらい「華金気分」を味わったって罰は当たらないだろうと(都合良く)考え、仕事帰りに妻と外で待ち合わせして外食。日本式の焼き肉が食べられるということで北京在住日本人から親しまれている「丸福」に行った。

焼き肉といえば先日牛角に入ったけれど、北京在住の日本人ではこちらのほうが長年親しまれているよう。北京や天津に何店舗かあって、私が行ったのは大望路の“SOHO现代城”という施設の2階にある店舗。メイン通りの建国路の側ではなく、その裏側(南側)に入り口があった。

店内には掘りごたつ席とテーブル席があり、私たちは掘りごたつ席のほうに。

最近の中国の飲食店にありがちなギラギラした賑やかな飾り付けはなく、どことなく漂う昭和レトロな雰囲気が良い。平日だからなのか、今日は珍しく雨が降っているからなのか、客はそこまでいなかった。どこに行っても混む中国にあっては、それだけでありがたい。

タン、カルビ、ハラミ、ホルモン、焼き野菜……など、定番モノは一通り注文。肉はどれもたっぷりタレに漬けられていて、ちょっと塩気が強いけどビールにピッタリ。あと、焼くのに使うのは炭でなくガスコンロ。敷かれてあるのも網でなく鉄板で、そこから漂うにおいはまるで新橋や上野の高架下を思い出させる。このレトロな感じは個人的にポイント高し。

日本の焼き肉店ではあまり見かけなくなったユッケも*1

店員さんはみんなテキパキしていて、見事な働きっぷり。私たちが行ったときには1人だけ日本語の話せる方がいて、注文も全て日本語でとってくれた。丸福は他に麦子店や新源里にもあるそうだけど、今回の店舗が一番空いていて落ち着けるよう。次来るときもここがいいかな。食後にはアイスクリームのサービスもあって、至れり尽くせりだった。

References
*1てっきり日本でユッケは提供禁止されているのかと思ったら、あくまで「提供してもよい肉の基準が厳しくなった」というのが実際の所らしい。基準は相当厳しく、それが理由で一般の焼き肉店で提供されなくなってきたとのこと。

台湾式弁当

日曜日だけど、今日も今日とて出勤。

お昼も仕事で忙しかったので、出前を取った。注文したのは“台客厚甲便当”なる、台湾の弁当を出す店。弁当といっても、イメージとしては日本で言う「駅弁」。「台湾に来たのに台湾鉄道の駅弁を食べないとは、台湾に行ったとは言えない」*1という言葉があるほど有名で、そんな弁当を北京で出している店らしい。

私が頼んだのは“排骨香肠双拼饭”。“排骨”というのは日本だと「パーコー」なんて書かれることもあるけど、薄くスライスされた豚の骨付き肉を甘じょっぱい味つけで揚げ焼きにしたようなもの。台湾のお弁当にはかなりの確率で登場する代表的な総菜で、またこれがドンッと白ごはんの上に載っけてあるから味がしみておいしいのよね。“香肠”はソーセージのこと。

この“排骨”に、高菜の漬物に、卵。台湾の駅弁の代表選手ってところ。数年前に出張で台湾に行ったとき、高速鉄道で食べようと駅で購入した弁当もこんな感じだったなあと思いだした。

入れ物には“台式便当”の文字。“台式”は「台湾風」「台湾式」で、“便当”は「弁当」のこと。本来、中国で弁当は“盒饭”と言うんだけど、台湾では日本語の影響で“便当”と呼ばれていて、中国でもこの言い方が浸透している。

ちなみに今回出前を頼んだ店、“台客厚甲便当”。店名の“台客”は「台湾の人」を指すんだろうけど、“厚甲”とはどういう意味なんだろう。おそらく閩南語(台湾語、台湾の方言)っぽい。調べてみると果たしてそうだった。「おいしい」という意味があり“厚呷”と書くこともあるそうだ。お店の老板は生粋の台湾人らしく、今度いつか店にも直接行ってみたいなあ。

References
*1在台灣不吃台鐵便當,就不算去過台灣」。

帰京

上海・南京の出張を終え、北京に戻る。帰りは高速鉄道。

相変わらず中国の高速鉄道の駅はでかくて、まるで空港並み。しかし画一的というか、個性がないというか、どの駅も同じような見た目だなあ。

「南京南」駅から「北京南」駅まで、約3時間半だった。

長いかなあと思ったけど、座っていれば着くので意外と楽。飛行機はチェックインやら保安検査やら、やることが多いもんね。天気が良くて、窓から田園風景を眺めるのも楽しかった。お昼過ぎには北京に到着。職場に戻り、午後もみっちり働かせていただきましたよ、はい。

母校訪問

かつて留学していた大学を訪問した。

北京師範大学、地元では“北师大”(北師大)と呼ばれ、もともとは教員養成の大学。今は総合大学となり、文系から理系まで幅広い分野を扱っている。私がここに留学した理由は、単に当時通っていた日本の大学の交流協定校だったから。あとは「中国語を学ぶならやはり北京かな」という程度だったけど、今となっては初めての海外生活を過ごした場所なだけに特別な場所。

かつては外部の人間もキャンパス内に自由に出入りでき、夜には広場でおじさんおばさんが社交ダンスに興じる姿を見かけるなど、地域の人たちの憩いの場だった。それがコロナ禍をきっかけに学生をはじめ大学関係者しか入れなくなったようだ。在校生など関係者を頼って許可を取らなければ中に入れず、中国に赴任してから半年経つも一度も訪問していなかった。その後、会社の中国人スタッフを通じて在校生と知り合うことができ、訪問が叶うことになったというわけ。

北京師範大学の東門。案内してくれる学生とはここで待ち合わせ。

ちなみに私の留学生活もこの門から始まった。中国に到着した日、30キロ近い重さのスーツケースを抱えながらタクシーの運転手さんに“请到北师大东门去!”(北京師範大学の東門までお願いします)と告げ、最初に到着したのがここ。当時と何も変わらない佇まいだけど、変わったのは緑のテントが張られ、セキュリティーゲートを通らねばならなくなった点。前は開放されていたんだけれど。

実は大学自体は数年前に北京に出張した際に訪ねているので、そこまで懐かしい感じはしない。だから余計にセキュリティーゲートに違和感を感じる。これもコロナ禍で出入りを管理するようになってから設置されたらしい。

東門に並ぶ、この建物が留学生の宿舎。私が生活していたのもここ。家賃は高かったけど、その分、環境は大学内で一番だったんじゃないかな。毎日の掃除とベッドメイキング付き。部屋にもいくつか種類があり、私は共用スペースに個室2つが付く部屋で生活していた。ルームメイトは希望がなければ勝手に割り振られ、私の場合はカナダ人の学生だった。元気にしているかなあ。

宿舎もキャンパスの「内側」からでないと入れなくなっていた。

宿舎の1階にあった売店はまだ残っていた。外からのぞいただけだけど、たくさんのカップラーメンが並んでいた。留学生の宿舎なので、外国からの輸入品もよく並んでいた。

大学の中を歩いていると、当時交流のあった人たちを思い出す。この食堂はあの人とよく来たなあとか、このバーであの人とよく飲んだなあとか。月日が経ち、今やこの大学で学ぶ現役学生も私より一回り下になってしまったわけだ(^^;)。

北京師範大学のシンボルとも言える「主楼」。私が留学していた「文学院」*1のオフィスはこの中にあったので、よく訪れた場所だ。その手続きはあっち、この手続きはこっちと、「主楼」の中を何度もたらい回しになったのも今では良い思い出(^^)。

案内してくれた学生は「うちの大学で唯一の『現代的な建物』です」と笑いながら話していた。わはは、確かに北京師範大学は少々建築年数が経っている建物が多い。けど図書館や体育館だって立派じゃないの。

昼食はキャンパス内にある“西北餐厅”。私が留学していた頃からあったけど、リニューアルされて内装はずいぶん変わっていた。提供される料理はすべてハラールで、ウイグル料理や回族の料理を楽しむことができる。こういうレストランがきちんと用意されているところ、さすが多民族国家だなあ。日本はまだまだ遅れている。

大盘鸡*2をはじめ、ラム肉の串焼きや骨付きのラムステーキなど、いろいろいただいた。私のほうがよっぽど先輩なのに、案内してくれた学生に料金を支払わせてしまった。なんたる失態!その子のスマートフォンアプリで料理の注文をしたので、料金の支払いもそのままスマホ決済で済ませてしまったのだ。長幼の序を重んじる中国、学生に払わせちゃいけないよなあと反省。

お返しというわけではないけど、その後、キャンパス内にできたおしゃれなカフェでコーヒーをごちそうした。ふと私が留学していた頃の話になり「10年前の北京はどんな感じでしたか」と聞かれる。な、な、何ですか~その、おじいさんに歴史を尋ねるような聞き方は(^^;)。でも、そうかあ……私が留学していた当時はまだ10歳くらいだったんだもんなあ。

ちょっと心がくじけかけたけど、妻と並んで写真を撮ってもらったところ「お二人とも大学生のカップルみたいですよ」と言ってくれたので、それで相殺するとする。はいはい、分かっていますよ、お世辞なことくらい。

References
*1日本でいう「文学部」。
*2鶏肉とジャガイモの煮込み。

春分の日

ふと東京からの連絡が少なくて「はて?」と思ったら、今日は「春分の日」で休日なのか。中国は何でもない平日。出勤していると、やはり日本は休日が多いのかなあと思ってしまう。

日本の在外公館、例えば北京の日本大使館は日本と中国、どちらの休日も休館日になると聞いたことがある。いざホームページを見てみると、果たして今日は休館日だった。中国で休日となる来月5日「清明節」も休み。いいなあ……でも敬老の日や勤労感謝の日は休館日でなかった。どういう決まりなんだろう。

昼食を食べようと会社を出ると、おじさんが自転車で「タンフール」(“糖葫芦”)を売っていた。リンゴ飴のように果物に飴がけし、竹串に刺した北京の伝統的なお菓子だ。一番オーソドックスなのはサンザシ。ほかにもイチゴやミカン、たまにミニトマトもある。何度か食べたことがあるけど、まさにリンゴ飴みたいな感じ。食べなくてもカラフルだから見ているだけで楽しい。

もともとは冬のお菓子。氷点下の中で売られるからその硬い噛みごたえが特徴だったけど、最近は夏にも見かける。けど、飴がベチャッとして「タンフールはやはり冬」なんて言う人もいるそう。暖かくなってきたから「本当のタンフールシーズン」はもうすぐ終わりかな。

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