The time is gone, the song is over, thought I'd something more to say.

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河南宝泉旅遊区

今日はいよいよ妻のおじいさんが住んでいた河南省の新郷に向かいます。

とは言え、おじいさんが新郷のどこで何をしていたのか皆目見当もつきません。そこであまり難しいことは考えず、どこか観光名所に行って「新郷に行った」とすることにしました。事前に調べると、新郷には「宝泉」という景勝地があるようよし。太行山脈の南端部分にあたり、さながら中国版グランドキャニオンのような景色が広がっているんだそう。それはいいじゃないのーということで「河南宝泉旅遊区」に行くことにしました。

鄭州から宝泉まではバスを利用します。鄭州のバスターミナルを午前8時に出発するチケットを予約。余裕を持ってホテルを出たつもりですが、意外と時間ギリギリになりました。

いざ改札口でスマートフォンの予約画面を提示したところ、女性スタッフから紙のチケットに交換してくるよう言われ、チケット売り場に並び直し。で、いざ紙のチケットを提示したら、今度は身分証を提示しなさいとのこと。そこでパスポートを見せると「身分証ですよ、身分証」と言います。中国では国民1人に1枚、身分証が発行されています。日本のマイナンバーカードみたいなもので、さまざまな手続きの際に使え、高速鉄道の改札口も身分証をタッチすれば通過できます。でも身分証を持っているのは中国人の話。外国人には発行されないので、私たちの身分証はあくまでパスポートです。

だのに「身分証はないのか」とか何とか言ってくるので、私も少しイライラしてきちゃって「外国人が中国の身分証を持っているわけがないだろう」「バスの発車まで時間が無い」と少し声を荒げてしまいました。すると何とか私は通過できましたが、そのスタッフ、今度は妻のパスポートを持ってどこかへ行こうとします。で、また思わず「どこに持って行くのか」と叫んでしまいました。するとスタッフは「本当にこれで通していいのか、警察に確認する」と言います。結局「問題ない」ということですぐに戻ってきましたが……いやはや、当たり前でしょ。

それにしてもスタッフが偉そうだったこと。まるで「改札を通すも通さないも私の一存」と言わんばかりの態度でした。この国には「自分に与えられた権利」を行使するのが好きだという人が一定数います。なぜなんでしょう。「権力=我が意のまま=偉い」みたいな発想になってしまうのかな。

鄭州から1時間少しで宝泉に着きました。宝泉は観光地として整備されていて、谷底の川のほとりを散策できる「大峡谷」エリアと、崖上部から景色を一望できる「崖天下」エリアの2つに分かれています。私たちは「大峡谷」エリアから入ることにしました。

ここ宝泉は立派な峡谷で、切り立った崖が印象的です。ここを流れている川は「峪河」と言うそうです。ところどころ堰堤があったので、厳密にはダム湖みたいな感じかもしれません。

とても暑かったですが、水辺にいると涼しく感じます。川を横切る橋を渡ると中央付近で風が吹いて気持ちいいです。崖と崖の間で風の通り道になっているんでしょうか。

夏休みだけあって人はそこそこいました。けれど全国に名の知れた観光地に比べればマシです。例えば四川省の九寨溝はこんなもんじゃないでしょうね。芋洗い状態だったと思います。その点、ここ宝泉は穴場スポット。中国で観光地の人出がこの程度なら御の字だと思います。

崖沿いに“L型洞穴电梯”(L字型洞穴エレベーター)なるものがありました。これに乗ると谷底から崖の上まで一気に移動できます。

L字型という名前の通り、洞窟に入るとまず400メートルほど水平な道があって、突き当たりにエレベーターがありました。エレベーター自体は普通のエレベーターで、あっという間に崖の上に着きました。乗っていると気付かなかったのですが、実は336メートルの距離を上っていたようです。中国で運行距離が最も長い観光エレベーターなんだとか。

崖の上まで来るとこんな感じ。まさに絶景――中国版グランドキャニオンです。

標高は平均で1150メートルあるとのこと。高いことは分かるのですが、建物といった人工物が見えないので感覚が麻痺しちゃって、あまり高くないように感じてしまいます。

やって来たのは今日宿泊する「黄岩根民宿」です。景勝地の中には何軒か宿泊施設があり、こちらはそのうちのひとつです。北京にいる段階からWeChatでやり取りをし、宿付近は商店がないから必要なものは買ってきたほうがいいとか、宝泉から帰りのアクセスはどんな交通手段があるとか、いろんなことを教えてくれたので大変助かりました。

中国で民宿と名のつく宿に泊まるのは少し勇気がいりそうですが、こちらは清潔で快適でした。畳の小上がりもあって、くつろげるスペースも十分。

部屋で過ごしていると民宿のスタッフさんが果物の盛り合わせを持ってきてくれました。それだけでなく室内の冷蔵庫に入っている飲み物が全部無料だったり、無料の顔パックなどアメニティーが充実していたり、さりげないサービスがうれしいですね。

部屋にはベランダもあって、景色はこんな感じ。いやあ、絶景です。1台のテーブルと2脚のイスが置いてあり、景色を眺めながらくつろげるようになっていました。実はこちらの景色が見える部屋は少し「お高い」のです。しかしこれなら支払った甲斐があるというものです。

ベランダからは帰路に就く観光客の姿がたくさん見えました。そして人はどんどん少なくなり、最終的に誰一人いなくなりました。静かな景勝地をベランダからまったり眺めていると、まるでこの絶景を独り占めしているような贅沢な気分になります。

夕食は民宿の食堂でいただきました。これがどれも素朴なんだけど、どれも今までに食べたことのない独特の味わいでとてもおいしかったです。

右奥の料理はおそらくシソの葉を揚げた料理。天ぷらみたいなサクサクした食感で、おつまみにピッタリです。左手前の料理は“猎肉炒山笋”と書いてあったので、おそらくイノシシやシカのような獣肉を使っているんだと思います。全然臭みはなく、タケノコと一緒に炒めてあって山の滋味を味わいました。あと左奥の料理は“槐花炒土鸡蛋”。“槐花”というのはエンジュの花で、中国北方では初夏に食べる伝統食材なんだそうです。卵と一緒に炒めていて、とても香り豊かでした。

夜は娘を寝かせつけた後、ベランダでビールをいただきました。残念ながら真っ暗で峡谷は全く見えませんでしたが、星空はきれいでした。地元の岡山に住んでいた頃はもっと星空に親しんでいたように思いますが、その後、岡山を離れてからというもの、こうして星をまじまじと見たのは久しぶりな感じ。東京や北京じゃ明るい星しか見えませんもんね。

ベランダで妻とゆっくりしていると、午後11時を過ぎた頃に別の宿泊客たちが民宿の中庭にやって来ました。で、着衣のままプールに入ってキャッキャッ大騒ぎ。ちょっとびっくりするくらいうるさかったです。家族連れなのかな?家族連れと言っても、子どもは小学生や中学生じゃないですよ。成人しているかな?というくらいで、親に至っては50、60代と思わしき年代。皆さん、大声をあげながらプールでバシャバシャはしゃいでいるのです。

ちょっとぉ……せっかく良い雰囲気だったのが台無しです。そもそもこんな時間に騒いだら他の宿泊客に迷惑でしょう。ベランダにいる私たちにも気付いているようでしたが、全然お構いなしでした。民宿のスタッフも聞こえたんじゃないかしら。この騒がしさは民宿側が注意すべきです。これについては私、クレーム入れさせていただきます。

追記)

民宿側に「うるさい宿泊がいて、民宿が注意すべきだった」とクレームを入れました。すると先方からは“深夜噪音问题,会加强夜间巡查,遇到类似情况第一时间温和提醒,守护安静氛围”(深夜の騒音問題については夜間の巡回をさらに強化し、同様の事態があればすぐに穏やかにお声がけいたします。お客様の静かなご滞在環境を守るために努めてまいります)という回答がありました。ほんまかいな(^^;)。けど雰囲気はいい民宿だったので、ぜひ今後の改善に期待したいと思います。

河南省の旅 1日目

家族で河南省に2泊3日の旅行に行きました。

中国人の同僚に河南省へ行くと話すと、大体「何しに行くの」と返されます。河南省ってそれほど名所が思い浮かばない場所なのかしらん(^^;)。いやいや、いにしえの都だった洛陽とか、少林寺だってあるじゃないの。とは言え、いずれも今回の目的地ではありません。

河南省に行くことになったきっかけは妻のおじいさんのアルバムです。おじいさんは先の大戦中、中国で過ごした時期があるようで、当時の写真がアルバムに残っていました。1枚1枚に丁寧な文字で説明が書いてあり、ここに「新郷」という地名が書いてあるのを見つけたのです。

「北支新郷陸軍病院運動會」の文字

写真の下に「北支新郷陸軍病院運動會」と書いてあります。北支は支那の北部で、つまり中国北部。続けて書いてある「新郷」という地名を妻が調べたところ、河南省にあることが分かったのです。

ただ妻のおじいさんはすでに亡くなっていて、それ以上は何も分かりません。私も中国の検索サイトを使って新郷について調べたものの、日本と縁のありそうなものは見つけられませんでした。分かっているのは「おじいさんは河南省の新郷という場所にいたことがある」、それだけです。

妻はずっと河南省が気になっていたようでした。なので私から「だったら新郷に行ってみよう。手がかりが無くたって、おじいさんがいた場所の空気を吸うだけいいじゃないの」と提案したのです。だって日本にいたら新郷だけのためにわざわざ中国に行こうとしないでしょう。中国で生活する今だからできる「おじいさんの軌跡をたどる旅」です。

北京からは高速鉄道を利用しました。新郷まで直通で行くこともできましたが、初日は河南省の省都・鄭州で途中下車。2時間20分ほどの乗車時間でした。

ホテルの窓から見た景色。少しお値段高めの部屋を選んだので、広々として快適でした。

ちなみに娘が生まれてホテルの選び方はずいぶん変わりました。単身だった頃は「どうせ寝るだけ」という考えのもと、狭くても安ければ構わないという考えでした。しかし子どもが生まれると小さなホテルは限界。日本、特に都心の狭いビジネスホテルだと家族3人分の荷物とベビーカーを置いたら自分たちが動けるスペースさえもなくなります。娘が歩き回るようになった今は尚更です。今回宿泊したホテルはとても広かったので、娘も気に入ったのか「キャッキャッ」と走り回っていました。

午後からは鄭州海洋館という水族館に行きました。

なぜ河南省まで行って初日から水族館なのかと思われるかもしれません。でも鄭州海洋館、結構立派なんです。それに1歳の子連れだと、変にマイナーな歴史的建造物に行くより、水族館のほうがよっぽど楽しめます。特に暑い夏なら尚更です。

午後4時から入館できるイブニングチケットがお得だったので、こちらを購入しました。

鄭州海洋館はビルの中に作られた水族館で、1階から8階までフロアごとにさまざまなテーマが設定されていました。通常の水族館に比べるとフロア面積は若干狭く感じましたが、シロイルカみたいな大型の水棲動物も。巨大な水槽が複数回を突き抜けるように設置されていました。

少なくとも北京の水族館より大分立派でした。しかし北京の水族館が「しょぼい」のは何故なんでしょうね。私は当初、北京が内陸都市で海から遠いのが理由だと思っていました。日本でも水族館は基本的に海沿いに作られます。内陸の北京に水族館が作られた結果、展示生物の調達コストや維持コストが高くなり、規模や多様性で沿海都市の水族館に劣るのかなあと。けれどよくよく考えれば鄭州こそ内陸都市だし、北京よりもはるかに海から離れています。

北京の観光資源は故宮博物院や万里の長城、それに頤和園といった歴史文化遺産が圧倒的に強いので、都市戦略として大型水族館への投資は優先度が低かったのかもしれません。

信仰の山「石竹山」

小霞の実家から外を眺めると、あまり遠くないところに山が見えます。急峻な山で、山頂付近に東屋があります。とても印象的だったので、何と言う山か聞くと「石竹山」だと教えてくれました。山上には仏教や道教の寺院があり、信仰の対象として古くから親しまれてきたそうです。山の周辺は景勝地にも指定されていて、小霞の親戚が連れて行ってくれることになりました。

出発の直前、小霞のお母さんが「小霞は山に登れませんからね」と言いました。あ、そうそう、すっかり忘れていましたが、小霞はキリスト教徒なんでした。中学時代、小霞に連れられ四谷にある教会のミサに連れて行かれたなあ。別にお参りしなければ山に登るくらいいいんじゃないかと思ってしまいましたが、信心深いんですねえ。

石竹山は山の中腹までロープウェイで登ることができます。

小霞は約束通り麓まで。山上までは親戚の方と登ることにしました。石竹山は標高およそ500メートルだそうですが、ロープウェイに乗ったらあっという間に登ることができました。

山上に着き、いざ振り返ると絶景が広がっていました。

山のすぐ脇には「石竹湖」という大きな湖があります。近くにある「東張ダム」(“东张水库”)によってできたダム湖なんだそうです。ロープウェイに乗る前に電動バイクで湖のほとりを少し走りましたが、とても気持ちよかったです。

山上には「万福寺」という、とても有名な仏教の寺院があります。ただ暑くて暑くて……そこまでたどり着ける自信がなかったので、ロープウェイの降り場を出てすぐのところにある道教の寺院「石竹山道院」のほうに行ってみることにしました。

石竹山道院は847年に創建されました。日本では平安時代の頃ですね。

寺院に到着すると、まず目に入ったのは“坚持我国宗教中国化方向”(わが国の宗教を中国化していく方針を堅持しよう)というスローガン。宗教の教えを“中国化”させていきましょうという意味です。もっと分かりやすく言うと、中国共産党の方針と相反する宗教は認めませんということです。

こちらの寺院で有名なのが“祈梦洞”。日本の漢字で書くと「祈夢洞」で、その名の通り、夢を見て祈るための洞窟です。ここでは見た夢の吉凶を判断する祈夢信仰が盛んなんだそうです。この門をくぐると階段があって、洞窟の中を登っていくような構造になっていました。本物の洞窟なのかしらと岩肌を触ると、モルタル造形でした。

いざ階段を上りきると妖艶な色の光に包まれた空間が広がっていました。ここが「祈夢洞」です。周りを見渡すと、確かにゴザを敷いて寝ている人がたくさんいらっしゃいました。

夜をまたいで過ごすこともできるようで、洞内の看板には「布団は午後6時に貸し出し、翌日の午前5時に回収」なんて説明が書いてありました。シャワー室や洗濯所まであり、もしかしたら数日にわたって滞在する人もいるのかもしれませんね。

男女が一緒の寝床もあれば、男女別々の寝床もありました。こちらは男性専用の寝床です。

お参りにあたっては、とにかく小霞の親戚の方が詳しく教えてくれました。曰く「名前と住所、願い事は詳しければ詳しいほど良い」んだそう。30センチはありそうな線香をあげ、ひざまずいて何度も合掌します。私が「祈るときは日本語でもいい?それとも中国語?」と聞くと、親戚の方は「うーん、中国の神様だから中国語のほうが良いかもしれない」と笑っていました。道教って日本にいるとあまり親しむことがないので、とても新鮮な経験でした。

山を下りて、いざ小霞に「どこにいるの」と連絡したら「とっくに帰宅した」との返事。このマイペースな感じは中学時代のままです(^^;)。

小霞の実家近くの飲食店で昼食を取り、ほどなくお別れの時間となりました。小霞は結構あっさりしていて「車、呼んどいたから。あと5分で着く。乗れば空港まで連れて行ってくれるよ」とのこと。どうやら配車アプリ「滴滴」で車を呼んでくれたようです。20年ぶりの再会は、あと5分で別れを告げなければならなくなりました。かと言って、改めて伝える言葉も見つからず。小霞が「どう?楽しかった?」と聞くので、私も「そりゃあもう。おかげさまで」と返しました。

車が到着すると小霞は「じゃ!空港に着いたら連絡して」とそそくさに立ち去ろうとします。思わず「せめて握手くらい良いじゃないの」と言うと、そういうキャラじゃないとか何とかぶつぶつ言いながらも握手をしてくれました。こうして私が中国語を学び始めるきっかけになった友人──鍾小霞との20年越しの再会劇は幕を閉じました。

とは言え、空港に向かう道中、自分もずいぶんあっさりしていることに気付きました。友人と20年ぶりの再会を果たし、いつ次に会えるか全く分からないというのに。けれど寂しいとか悲しいとか、そういう気持ちが全くないのです。まあ、今はインターネットがあります。だってWeChatで繋がっていれば、世界中どこにいたって「お隣同士」なんです。

こういう通信技術の進歩をネガティブに捉える人もいます。対面の人間関係や社会の繋がりが弱まるとか、便利さや効率化の裏で人間らしい生活や社会の健全性が失われているとか。通信技術の進歩にそういう面があることは否定しません。一方、こうした技術のおかげで中国にいても日本の家族や友人といつでも連絡が取れます。それより何より技術のおかげで私と小霞は再び連絡を取り合うことができるようになったのです。

小霞と再会し、中国語で会話するという目標が叶いました。次の目標――今度は東京での再会です。そのときまでしっかり中国語を鍛え続けないといけないですね。

地球温暖化を感じる

今日の午後は私が子守役になり、妻には気晴らしに外出してもらいました。どうやら美術館に行ったようですが、ふと「すごい雨が降っている」というメッセージと共に、激しく吹き荒れる暴風雨の動画が送られてきました。

我が家付近は雨が降っていなかったので、窓ぎわに行って妻のいる美術館のある国貿あたりを眺めると、確かに遠目に豪雨が降っているであろう様子が確認できました。

遠くに見える高層ビル群が国貿といわれるあたりですが、豪雨で霞んでしまっています。しばらくすると我が家の窓にもポツポツと雨の滴がつきはじめ、ほどなく豪雨となりました。

私が留学したいた当時の北京はこんな激しい雨が降っていたかなあ。気温だって40度近くなることがあります。湿度も高いし、まるで亜熱帯気候です。これはちょっと異常……というか地球温暖化の影響を感じざるを得ません。

中国科学技術館

中国科学技術館に行きました。何だか最近似たようなところに行った気がしますが、あちらは国家動物博物館。今日行ったのは科学技術を紹介する博物館で、多くの展示品が実際に触って体験できるようになっています。

オンラインで入館チケットを購入しようとしたら当日チケットはすでに売り切れていました。あちゃー今日は行けないやと思っていると0枚だったはずの「残チケット」の欄が突然「1枚」になったり「2枚」になったり……どうやらキャンセルする人がちょこちょこ出ているようです。キャンセルが出る度に購入を試みるのですが、どうしても決済にたどり着くまでに他の人に買われてしまいます。3回ほどトライして、ようやく購入することができました(^^;)。

当日チケットが売り切れるくらいなので、それなりの来館者がいることは予想していましたが、いやはや想像以上でした。夏休みですもんね、たくさんの家族連れがいました。疲れてしまったのか、階段には座り込んで休んでいる人たちも。中国らしい風景です。

最初に行ったエリアでは機械やエネルギー、航空や宇宙について展示していました。実験できる展示がたくさんありましたが、例によって子どもたちが寄ってたかって体験していたので、私たちは遠巻きに眺めるに留めました。

娘は何の展示か全然分かっていないと思いますが(私たちも正直よく分かっていない)触れる展示物をカチャカチャいじっては楽しそうにしていました。

私は根っからの文系人間ですが、こうした科学技術館が大好きです。体験できると肌で仕組みを理解できるから良いですよね。私の地元の岡山にもこういうところがあったなあ。「ライフパーク倉敷」といって、祖父母宅が倉敷にあるのでよく連れて行ってもらいました。今もあるのかなあと調べたら、ありました(^^)。私はここで初めてプラネタリウムというものを経験しました。

倉敷科学センター
中国地方最大級のドーム直径21mを誇るプラネタリウムと科学展示室がある理工系科学館施設(登録博物館)。岡山県倉敷市。休館日:毎週月曜日(祝日の場合は翌日)

北京の科学技術館にも宇宙に関する展示がありました。ビッグバンは中国語で“大爆炸”(大爆発)と言うんですね。こういう展示を見ていると、宇宙の底知れぬ大きさと深さに圧倒されて、日常のこまごまとしたあれやこれやに追い立てられてきゅうきゅうとしている自分がバカらしくなってきます……と、すぐに卑近な人生論に結びつけちゃうところが、まさに文系なんですけど(笑)。

夕方近くになってのんびり来たので、あっという間に閉館時間になってしまいました。展示エリアはまだまだ他にあって、とても見切れませんでした。いえ、これは朝から来ていても見切れなかったかもしれません。それほど巨大な科学技術館でした。全然見られていないフロアもあるので、また機会があれば来てみたいと思います。

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