中国では今日からメーデーに合わせた連休が始まり、東北部の吉林省長春に旅行に行きました。ここはかつて満州国の首都・新京が設置された場所で、今も当時の建築物がたくさん残っています。
満州国は「国」と名乗っているものの、実際には日本の傀儡国家です。日本が中国東北部を占領した際、国際連盟や諸外国からの批判をかわすために建国されました。当時ありったけの最先端技術を投入して街作りが進められた一方、日本の敗戦により満州国はわずか13年で消滅します。その後、日本に引き揚げようとした人たちがソ連軍の攻撃で虐殺され、親とはぐれて日本に帰れなかった「中国残留孤児」を生み出した悲劇の地でもあります。
日本と中国の歴史を語る上で、中国東北部――旧満州の歴史を抜きにはできません。そんなこともあって私は中国にいる間、必ず一度は行きたいと思っていました。この連休中の航空券を調べたところ、よその観光地に向かう便は軒並みビックリする価格に値上がりしていた一方、長春便はそうでもなかったので、これ幸いと「満州国の記憶を訪ねる旅」を企画したのです。
長春に到着し、まずはホテルにチェックイン。その後、まず向かったのは東北料理がいただけるレストラン“马家饭堂”(馬家飯堂)です。結構な人気店なので待ち時間が心配になって電話したところ、その電話で受付をしてくれました。おかげで店に到着後、ほどなく席に着くことができました。
こちらは東北料理の代表格、鍋包肉。豚ヒレ肉を薄くスライスし、衣を付けてサッと揚げ、甘酢をかけたものです。定番なので注文しましたが、実は私、この甘酸っぱい味が苦手(^^;)。味ぽんとかあればおいしいだろうなあ……と不謹慎なことを考えてしまいました。
こちらも店の名物料理「熏醤」の盛り合わせです。熏醤って何のことだか全然分からなかったのですが、燻製にした豚耳、頭、豚足のことを言うようです。これを写真奥のニンニクが混ざった醤油につけて食べます。ビールのおつまみにいいかもしれませんね。
こちらはエビ入り焼きまんじゅうです。中にはプリップリの大きなエビが1匹入っていて、外の皮は揚げてあるのでパリパリサクサク。とても食べ応えがあっておいしかったです。日本で売り出しても人気になりそう。
食事を終えた後は、かつての満州国皇帝の皇宮を訪れました。かの有名な愛新覚羅溥儀(あいしんかくら・ふぎ)が過ごした場所です。中国は当時の満州国を「偽満州国」と呼んでいて、宮殿は現在「偽満皇宮博物館」として当時の日本軍の占領政策を展示する趣旨の博物館となっています。ソ連軍による占領期に施設の多くが荒廃したそうですが、その後、中国によって復元されたそうです。
まずはメインの宮殿「同徳殿」。エントランスをくぐると立派な吹き抜けがあります。映画「ラストエンペラー」の撮影にも使われた場所で、作中では溥儀の即位を祝う舞踏会が開かれていました。映画に登場した風景が目の前に広がり、ワクワクしてきますねえ。ただ実際には溥儀が即位した際、この同徳殿はまだ存在していなかったそうです。
立派なのは立派なんですが、日本が威信を賭けて建国した満州国の宮殿だというのにずいぶん小さく感じます。これには事情があって、ここはもともと仮宮殿という扱いだったそうです。別の場所に立派な新宮殿の建設が進んでいましたが、完成する前に太平洋戦争が始まり、宮殿建築にまわす資金が充当できずに建設が止まったまま終戦してしまったとのこと。
あと展示を見ていて感じるのが、溥儀の「小物感」を強調したい中国の意図です。例えば、こちらの写真は溥儀が楽しんだというビリヤード室ですが、こんな説明書きがありました。
暇なとき、溥儀がビリヤードをやることが好きで、そのためにビリヤード室を設置した。溥儀がここで宮廷の中の学生とビリヤードをやって時間を潰し、やる度に学生たちがわざと負けを認め、溥儀に機嫌を取るようにした。
ビリヤード好きな溥儀は連戦連勝で得意げになるも、実は接待プレーのおかげだったと。本当かどうかは分かりませんが、溥儀がいかに裸の王様だったか強調する狙いがあるんでしょうね。溥儀を「ディスりたい」思惑が隠しきれていないところが中国らしいなあと感じます。
こちらは「勤民殿」、儀式を行ったり謁見を受けたりする場所です。ここで溥儀は人生3度目の即位式典を行いました。立派な装飾ですが、やはり小さな空間であることは否めません。正式な宮殿が完成するまでの仮住まいだったことは分かりますが、紫禁城で育った溥儀はどんな思いでこの玉座に座ったのでしょう。
このほか、溥儀の一生を紹介する展示エリアもありました。入口に「前書き」なるものが中国語、英語、そして日本語で書いてあるのですが、これを読むと暗澹たる気持ちになります。
中国政府と中国共産党は、この民族を裏切った犯罪人を、死刑にせず、罪悪を悔いて行いを新たにし、身も心もすっかり入れ替えるように改造し、処罰と寛容、労働改造と思想教育とを結合する政策を取った。そのため、その生涯の後半は国家と人民に役立つものとなった。これは今までの世界史にない唯一の実例である。
中国共産党の指導の下、溥儀は心を入れ替えて幸せな人生を送ることができました……そんな展示がこれでもかというほど並んでいます。これを見ると溥儀がなぜ先の大戦で責を負わず、死刑になることもなく、その後の人生が全うできたのか合点がいきます。共産党の成果を強調するために溥儀は必要だったのです。ここが日本統治の屈辱的な歴史を物語る場所であるにも関わらず、中国の5A級観光地であるのも同じ理由でしょう。それだけ中国共産党にとって意義がある場所なのです。
紫禁城での権力闘争のもと、わずか2歳10か月で母親と引き離され清朝最後の皇帝になった溥儀。革命で紫禁城を追われたと思ったら、今度は日本に利用されて満州国皇帝に祭り上げられます。しかし満州国はわずか13年で消滅してソ連に抑留され、さらには戦犯として中国で思想教育を施され、最後は平民としてひっそり人生の幕を閉じる……かと思いきや、死してもなお中国共産党によって宣伝の道具にされる。本当に溥儀が不憫です。
夜は「大江戸温泉物語」に行きました。あの温泉施設が長春にもあるのです。
せっかくなのでお風呂に浸かっておいしいものを食べてのんびり過ごそう……と考えていたのですが、そうはいきませんでした。期待していた夕食バイキングは到着した時点で満席。単品注文なら食事ができるというのでレストランに向かったのですが、バイキングの順番待ちをしている客たちが何やら怒っています。どうやらバイキングの予約時間になっても一向に席に案内されないというのです。スタッフを怒鳴りつける客と、大声で言い返すスタッフ、一触即発です。私たちはバイキングと別枠だったのでほどなく席に案内してもらいましたが、何だか騒がしいレストランでした。
食事後に風呂に入りましたが、どうしても衛生面が気になって落ち着きません。この施設は風呂場に入る際にゴム製のサンダルを履くんですが、これってレストランみたいな着衣スペースでも履くし、何ならトイレにも履いていく……そんな感じなので、風呂場でサンダルを履いた人たちがウロウロしている姿を見ると、プチ潔癖の私としてはブルブルッと来てしまいます。そもそも風呂場でサンダルを履くのは痰や唾を吐く人がいるからなんですけど、それ自体、私からすると「ウ、ウソじゃろ!?」と絶叫してしまいます。
中国の入浴施設なんだから、よくよく考えれば想像は付いたことでした。調べると、この大江戸温泉物語は日本の「大江戸温泉物語」とは関係ないんですね。私はてっきり同じ系列かと思い込み、妻にもそう説明しちゃいました。確かに同じ系列だとすればあまりに詰めが甘い箇所が多すぎます。のんびり過ごすために来たのに、何だかホテルに戻ったときには疲れてしまいました。
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