中国東北の旅、2か所目の目的地・延辺朝鮮族自治州に来ました。

ここは中国に55いる少数民族のひとつ、朝鮮族の自治州です。朝鮮族と言うと、あまり詳しくない方は「北朝鮮の人?それとも韓国人?」といった反応をされます。朝鮮族はあくまで中国国籍を有する中国人です。けれどルーツは朝鮮半島にあって、日本の植民支配から逃れて満州に移り住んだとか、朝鮮戦争の際に中国に渡った人たちを祖先とする人々だとか言われています。そんなこともあって延辺朝鮮族自治州は中国でありながら漢字とハングルを併記している独特の景観で知られています。延辺という地名も中国語では“延边”(イェンビェン)と発音しますが、韓国・朝鮮語で発音した“연변”(ヨンビョン)という呼び方もよく使われています。

私はいつか延辺朝鮮族自治州に行きたいと思っていました。その独特の経験を見てみたいのはさることながら、韓国や北朝鮮*1の雰囲気とは違うのかしら?中国で独自に発展した朝鮮文化ってどんな感じなんだろう?と関心を持っていたからです。

今回の旅では延辺朝鮮族自治州の中心都市・延吉を拠点とし、今日は北朝鮮と国境を接する街、図們に向かいました。高速鉄道なら延吉西駅から図們北駅までわずか15分程度で着きます。

図們は北朝鮮と国境を接していて、川を挟んで向こう岸が北朝鮮というところまで行くことができます。私たちもそこまで行ったのですが……記念写真を撮影していると公安に話しかけられ、撮影した写真を削除させられました。その上、個人情報を根掘り葉掘り聴取され、泊まっているホテルの部屋番号まで聞かれました。

うーん、分かっちゃいるけど気持ち悪いです。公安が言うには「国境沿いに来る外国人はおしなべて身元確認をしています」とのこと。まあ、良いでしょう。どうせこの国に住んでいる以上、私たちの個人情報なんてあってないようなものなんですから。

けれど写真の削除は合点がいきません。図們は観光地です。周りでは大量の中国人観光客が写真を撮っているのに、なぜ私たち外国人だけ写真を削除させられるのでしょう。私が後から中国人から写真をもらったら、それは構わないのでしょうか。とにかく「外国人は写真を撮ってはならない」というルール先行で、何のために?という部分がなおざりなのです。実のところ削除を免れた写真もあるにはあるのですが……やはり、掲載するのはやめておきたいと思います。

気を取り直し、国境沿いを見終えてから「全州ビビンバ」という店に昼食をとりに来ました。中国語では“全州拌饭馆”、韓国・朝鮮語では“전주 비빔밥”と書いてあります。全州というのは韓国にあるビビンバ発祥の地と言われている場所なんだそうです。

インターネットで調べると昼の営業時間は午後2時まで。私たちは午後1時半すぎに着いたのですが、その後もひっきりなしに客が訪れていました。午後2時を過ぎても料理を提供していたので、時間は目安に過ぎないのかもしれません。

定番の石焼きビビンバを注文しました。この店自体は中国発祥なので、これが本場の味?かどうかは分かりません。スプーンでこれでもかというくらいグチャグチャに混ぜます。混ぜれば混ぜただけおいしいのです(^^)。少し辛味が足りないように感じたのでコチュジャンも付け足しました。

私はビビンバより、むしろこちらのほうが気に入りました。魚を少し辛めに煮た料理なんですけど、何の魚かしら。メニューには“明太鱼”と書いてあり、めんたい……ぎょ?何じゃ?と思ったのですが、どうやらこれは「スケトウダラ」。韓国・朝鮮語では“명태”(明太=ミョンテ)と言い、そこから来た言い方のようです。確かにタラ(スケトウダラ)の卵を「明太子」って言いますもんね。

北朝鮮との国境沿いに行った際にもスケトウダラの干物がたくさん売られていました。日本だとスケトウダラってカマボコの材料に使われるくらいであまりパッとしませんが、朝鮮半島では特に北部で大変重宝されるそうです。

食事を終え、図們市内を少し散策しました。商店には漢字と共にハングルが掲げられています。

中国石油、ハングルでは“중국석유”(中國石油=チュングッソギュ)と書いてあります。

こちらは“中国移动”(中国移動)、日本でいうNTTドコモやKDDIのように携帯電話の無線通信サービスを提供している会社です。ハングルでは“중국이동”(中國移動=チュングッイードン)と書いてあります。中国語の“中国移动”は「チョングォイードン」、韓国・朝鮮語の“중국이동”は「チュングッイードン」、何だか似ていますね。

延辺朝鮮族自治州の至る所で目にするコンビニ“每日隆”。日本人観光客からは配色の見た目から「ミニストップっぽい」と言われているようです。ハングルでは“매일룽”(メーイルルン)と書いてあります。吉林省現地資本のコンビニのようですが、長春では全く見かけませんでした。店内には韓国からの輸入品がたくさん置いてありました。

延辺に来て気付いたのですが、どこに行っても缶飲料が逆さまに置いてあります。異様な光景ですが、おそらく飲み口のある面にホコリが溜まらないようにしているんでしょうか。

路上のこうした看板も漢字とハングルが併記されています。

同心路”はハングルでも“동심로”(同心路=トンシムロ)です。ただ“友谊街”は日本語にすると「友情通り」みたいな感じかと思いますが、ハングルでは“친선거리”(チンソンコリ)と書かれています。“거리”(コリ)は「通り」ですが、“친선”(チンソン)は「親善」という漢字の韓国・朝鮮語読み。つまり「親善通り」みたいな感じになります。ここは“友谊街”(友誼街)をそのまま発音して“우의가”(ウウィガ)になるのかと思ったのですが、そうではないんですね。

道ばたではおばあさんたちが井戸端会議をしていました。少し聞き耳を立ててみると、やはり朝鮮族のおばさまたち。朝鮮語で会話しているのが聞こえました。ただ朝鮮族の朝鮮語は韓国語とはずいぶん違って聞こえますね。

ちなみに私たちが散策中の飲食店をのぞいていると、朝鮮族の年配のご婦人が話しかけてきました。少し訛りのある中国語で“韩国的披萨”(韓国のピザよ)と教えてくれたので、私も韓国語で“한국의 피자요?”(韓国のピザですか?)と返すと、あら?韓国から来た方?なんておっしゃる。調子に乗って“아닙니다, 우리는 일본에서 왔습니다”(違うんです、私たちは日本から来ました)と答えると、楽しんでくださいねと声を掛けてくれました。英語で考えると英検5級レベルかもしれませんが、通じるとうれしいものですね。地元の朝鮮族の方と会話できたのは素敵な経験でした。

その後、延吉に戻ろうと図們北駅までやって来ました。

改札が始まるまで待合室の椅子に座って待っていると……また来ました、公安です。大量にいる客の中から私たちを見出すとは……見事というか、恐ろしい限りです。駅構内に入る際にパスポートを提示しないといけないので、そこでバレているのかもしれません。

家族みんな個室に来るように指示されました。高速鉄道の発車まで時間はそう残っていないし、ベビーカーで寝ていた娘が泣きだしたので、思わず「どこに連れて行くつもりですか」と聞いちゃいました。ひたすら「すぐこそ」「すぐ終わるので」と繰り返し、個室まで移動すると案の定パスポートのチェック。一体何度調べたら気が済むんでしょう。

続けて私の一眼レフカメラとビデオカメラのチェックが始まりました。駅でも写真データを確認する徹底ぶりです。公安が「なぜ国境沿いの写真が1枚もないんだ」と言うので、私もちょっとイラッとして「あなたたちの同僚に全部消させられたんでしょ」と言い返してしまいました。いくら見ても、出てくるのは家族写真やビビンバといった食事の写真ばかりです。

最終的におとがめ無しで解放されました。けれど決して気分はよくありません。人のカメラをベタベタ触って、家族の観光写真をいちいちチェックされたんだもの。国境沿いの写真を撮ってはならないという理屈は、百歩譲って何となく分かります。けれど、だったら中国人観光客も一様に禁止するべきじゃありませんか。隣でみんな撮影を楽しんでいるのに、なぜ私たち家族だけ個室に連れて来られて尋問みたいなことをされないといけないのでしょう。国境沿いで会った公安が何度も話していた“我们欢迎你”(皆さんを歓迎しますよ)という言葉だけが虚しく耳に残ります。

夕食は延吉市内のラムの串焼き、“羊肉串”をいただける店に行きました。

中国で“羊肉串”はどこでも食べられる料理ですが、朝鮮族の“羊肉串”は中でも大変有名です。朝鮮族の“羊肉串”は特に朝鮮語で“양꼬치”(ヤンコチ)と呼ばれることが多いようです。韓国でも朝鮮族が経営するヤンコチの店が人気だそうで、代表的な中国料理として認識されているよし。

北京でもよく“羊肉串”を食べに行っている身としては、まあ、こんなもんかなという味でした(^^;)。おいしいことはおいしいですが、北京でも食べられないことはないかなというのが正直な印象です。

店のすぐ向かいには「延辺大学」がありました。ここは朝鮮族の自治州にあるだけあって、中国語だけでなく朝鮮語も教授言語となっています。校門にも“연변대학”(延邊大學=ヨンビョンデーハク)と掲げられています。かつての私はここに留学する夢を持っていました。中国でありながら朝鮮語・朝鮮文化の研究もできるため、両方の言語に興味を持っていた私にはうってつけだったのです。

延辺大学の門の向かいにはギラギラしたビルが経っています。飲食店が入居する8階建ての商業ビルで、漢字とハングルで光るネオンは延吉名物となっています。確かもともと大学の向かいにあるので“大学城”という名前だったと記憶していますが、どうやら最近では“网红弹幕墙”と呼ばれるそうです。“弹幕”というのはニコニコ動画なんかで右から左へ流れる視聴者のコメントがあるじゃないですか、あのことを指します。きっと飲食店の看板が動画のコメントに例えたんでしょうね。

References
*1とは言っても、私は北朝鮮に行ったことがないので比較のしようがないんですけど。