母親から親戚が亡くなったと連絡を受けた。
その親戚は祖父の姉にあたる方で、大阪に住んでいたので「大阪のおばさん」と記憶していた。私も小さい頃に家におじゃましたことがあるし、最近だと4年半前に祖父母を連れて行ってあげたのを覚えている。たった4年半前だが、そのときはかくしゃくとして元気だった。いつもプールに行って運動をし、笑顔で「年の割には元気」と話していたのになあ。去年から体調を悪くして入院していたそう。加えて旦那さんと揃って認知症だったとか。
思えば、認知症とは残酷だ。祖父にしてみれば、目の前にいるのは紛れもない自分の姉なのに、自分のことを分からなくなっているのだ。高齢になって周りの人が亡くなっていく中、祖父にとっておばさんはたくさんの思い出を共有する大切な存在だっただろう。なのに記憶をなくせば赤の他人も同然になってしまう。私だったら寂しくて、とても耐えられないかもしれない。
そんなおばさんが今日亡くなったとのこと。コロナ禍だったという事情はあるものの、もっと祖父母を大阪に会いに連れて行ってあげればよかったなあと悔やむ。而立の年を過ぎて、こうした別れを経験する機会が増えた気がする。中国にいて難しいのは百も承知だが、幸い今も元気な祖父母を始め、お世話になった人たちとは少なくとも自分が後悔しないような付き合い方をしていたい。