The time is gone, the song is over, thought I'd something more to say.

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美容師のお兄ちゃん

私は去年9月に北京に赴任してから、ずっと同じ美容室に通っています。日本人スタイリストがいるからという理由で通い出したのですが、その実、一度も日本人スタイリストに切ってもらったことがありません。当初は予約に空きがないからという理由でしたが、そのうち中国人スタイリストのほうが安いし、それでいいやと思うようになりました。

今日も中国人のお兄ちゃんに切ってもらいました。

初めて見る方で、私の靴を見て「素敵な靴ですね」と話しかけてくれました。この美容室の中国人スタイリストは寡黙な方が多いので珍しいタイプだなあと思いつつ、会話が始まりました。

見た目が若い方で、私より3歳年下の30歳。彼は彼で私のほうが年下だと思っていたようです。お互い童顔なんですね、と笑い合いました。もともと10年ほど前に技能実習生として千葉県に行ったのをきっかけに日本と縁ができたそう。建築関係の会社だったそうですが、帰国してからは美容師の道に。少し前まで中国南部の深圳で働いていましたが「暑すぎる」という理由で、北京に来たそうです。今の美容室では先月から働いていて「ちょうど1か月が経ちました」と話していました。

中国では美容師になるには免許がいりませんから、誰でもなろうと思えばなれます。逆に言えば、誰でもなれちゃうだけに競争の激しい世界なのかもしれませんね。頑張ってほしいなと思いました。

やる気の出ない金曜日

今日、出勤すると職場に人が少ないことに気付きました。

中国ではおととい(水)まで労働節の連休でした。昨日(木)と今日(金)を休みにすれば週末にかけてさらに長い連休にできるので、今日は休みを取った人が多いようです。実は私も同じことを考えましたが、今日の遅番は私が担当だったためそういうわけにもいかず、通常通り出勤しました。

日本は今日、こどもの日で祝日ですね。うちは日本の会社なので、日本が祝日だと仕事量がグッと減るんです。ましてや今日は金曜日。いやあ、なんてやる気の出ない日でしょう(爆)。

フェアウェルは突然に

職場の近くに行きつけの蘭州牛肉麺の店があります。このブログでもよく紹介していますし、この前の投稿でも最近は蘭州牛肉麺よりも牛肉涼拌麺にハマッていると書いたところでした。

今日なんて昼前から「牛肉涼拌麺」が食べたくてしようがなくなり、ワクワクしながら店に向かいました。労働節の連休も挟んでいたので久しぶりです(とは言っても1週間程度ですが)。

店の前まで来ると、何だか様子がおかしい。とても静かなのです。もしや、労働節のお休みが続いているのかしらん?

中をのぞくと……こ、これはどうしたというのでしょう。これでもか!というほどに、店内がめちゃくちゃになっていました。店の扉は閉まっていて、何の案内も掲示されていません。この店、昼どきには毎日満席状態だったので、閉店する理由はないように思います。すると改装?と考えてしまいますが、それさえも分からないのです。

私は口の中が「牛肉涼拌麺」を迎える体制になっていたので、とにかくそれが残念です。それよりも、私はこの店のプリペイド食事券を持っているのです。確か、500元(約1万円)支払えば600元分(約1万2000円)の食事券がもらえるとか、そんなのだったかと思います。まだ100元余り残っていたはず……ほぼ毎日のように来ていたので購入したのですが、これ、どうなっちゃうんでしょう。

中国らしいっちゃあ中国らしいですが、それはあんまりです。あまりに突然なフェアウェルになってしまいましたが、また再会できることを願いたいと思います。

方言を話す気概

中国は広大な面積を有しているため、各地に方言が存在し、その差がとても大きいことで知られています。例えば中国語の代表選手「ニーハオ」(“你好”)。これは北京語を基礎とする標準語の発音であり、各地に行くと「ニーハオ」は「ニーハオ」でなくなります。

  • 上海語「ノンホー」
  • 広東語「ネイホウ」
  • 台湾語「リーホウ」

カタカナで書いただけなので全くそのとおりの発音ではありませんが「ニーハオ」と音が全く違うことが分かると思います。その差は方言というより別言語と言った方が良いかもしれません。だって北京と上海の距離は1200キロほどありますが、これはヨーロッパに例えると、ドイツとイタリアの距離と同じです。だったらドイツ語とイタリア語の違いくらいあっても不思議ではありません。

私は中国語の標準語(北京語)しか知りません。そのため各地の人が標準語を話してくれれば問題ありませんが、方言を話し出した途端に何を言っているか分からなくなります。だから上海の人が上海語で話しかけてきたら、全く分からないと思います。

今回、四川省に旅行に行ってきたわけですが、四川省にも方言(西南官話)があります。中国の内陸部に位置するので、さぞ標準語と違うのかと思いきや……四川の方言については何となーく分かる気がするんですよね。いや、方言を話しているんですが、ところどころ聞き取れる(ような)気がするんです。なんかこう、気の抜けた標準語というか……(笑)中国語の分かる方に説明するなら、四声がめちゃくちゃな中国語といった感じでしょうか(失礼だっちゅーの)。

四川省の人たちもそう(=私たちが聞き取っていると)感じているのか、容赦なく四川方言で話しかけてくる人が多かったような気がします。例えば成都を案内してくれたタクシードライバーのおっちゃんはずいぶん訛っていましたが、半分くらいは分かる気がするのです。まあ、逆に言うと半分は何を言っているか分からないんですけど(笑)。標準語を聞き取るのに比べると苦労します。けれど訛りを隠すことなく話しかけられると、何だか同じ輪の中に入れた感じがするんですよね。

人によっては標準語と方言をうまーく切り替える人がいます。さっきまでチャキチャキの方言を話していたのに、話しかけた途端にきれいな標準語を話し出すんですよね。当然、私としては標準語を話してくれた方が楽ですが、こういう場面に出くわすたびにうまく言えないのですが、なんとなく「よそよそしいもの」を感じるんです。いや、もちろん方言を話されたところで私には理解できないのです。けれど、おそらく地元の人同士が方言で会話している中に入っていけないことに、疎外感みたいなものを抱いてしまっているのかもしれません。勝手なものです。

私が留学していた十数年前は、もっと方言を話す人がいたように感じます。最近は地方に行っても方言を話せない人が増えたのか、そういう「疎外感」は少なくなりました。おそらく標準語を話す人が増えたからかなあ。けど、それはそれで寂しいんですよね。言葉はひとつの文化ですし、聞き取れないなりに相手が何を言っているのか一生懸命聞き取ろうと苦労したのは良い思い出です。

みんなが標準語を話してくれるようになれば旅には困らないと思います。けど、こうした文化は残ってほしいですよね。それこそ、私たち旅行者がその土地に入っていっているわけだから、少しくらい方言をかじって地元の人に話しかけるくらいの気概があって良いと思います。

追記)

ちなみに、なぜ四川省の方言が標準語に近いのかという考察ですが、一説には「屠蜀」を挙げる研究があるそうです。「屠蜀」とは、現代風に言えば「四川大虐殺」とも訳せますが、明の時代に残酷な殺戮を好んだ張献忠なる人物が無差別殺戮を行い、四川の人口を著しく減少させたとされる出来事です。これによって(今の四川方言と違う言葉を話していたであろう)古代四川人が壊滅し、よその地域から移民が増えたからというのが理由だそう。とても興味深いです。

路上販売

私の職場近くには中国有数の小児科病院があります。優秀な医師が揃っているそうで全国各地から患者が訪れるとのこと。いつも使っている職場の最寄り駅が病院に向かうバスの発着地点になっているので、出勤途中にはよく親子連れの姿を見かけます。

中には地方からやって来たと思わしき親子の姿も見かけます。お母さんは農作業に携わっているのか顔が真っ黒に日焼けし、首都・北京に来るためか子どもに目一杯おしゃれさせているのが分かります。治療代だって馬鹿にならないだろうに、藁にもすがる思いで北京まで来たのだろうか……と思うと心の底から応援したい気持ちになります。まあ、私の勝手な想像ですけど、実際そういう患者さんは多いようです。

ちなみにバスの発着地点の周辺には路上販売をする人もたくさんいます。おっちゃんおばちゃんが地面にシートを広げ、商品を並べているんです。何を売っているかというと、キーホルダーとか、ぬいぐるみとか、子ども向けのものばかり。そんなに高い値段ではないでしょうが、病院に向かう親子をターゲットにしているのは一目瞭然です。

私は最初この路上販売を見たときに良い気分がしなかったんですよね。患者の親子にたかっているように見えたんでしょうか。そもそも路上販売だって無許可でしょうから、がめついというか、嫌らしいと思ったのかもしれません。でも、実は最近考えがちょっと変わってきました。

自宅に帰ろうとしていたら、親子が路上販売で買い物をしていました。男の子は「これ?いや、こっちのほうがいい」とつぶやきながら品定めをしています。おっちゃんは懐中電灯で照らしてあげながら「それ人気だよ」なんてアドバイスをしています。この親子は病院の患者ではなさそうですけど、まあ、楽しそうなんです。

無理やり売りつけているわけではなく、親が子どもを喜ばせようと買ってあげて、子どもは実際喜んでいるわけです。そもそも売値だって日本円にして数百円でしょう、たかが知れています。路上販売は無許可かもしれませんがぼろ儲けできているとは到底思えませんし、おそらく儲かったって夜のおかずが少し豪華になるくらいです。

別に誰も不幸になっていないんですよね。むしろみんなハッピーになっているのに、私は何に「嫌らしい」と思っていたのでしょう。私の考えこそ「独りよがり」だったのかもしれません。ふと、自分って中国のことをまだ全然分かっていないんだなあと反省した瞬間でした。

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