The time is gone, the song is over, thought I'd something more to say.

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北京の青空

今日の北京は空気が澄んでいて、とても気持ち良かったです。

湿度が低くカラッとしている上、気温もそこまで高くありません。週末は空気があまり良くなかったので、こうして青空が見えるだけで何だか清々しい気持ちになります。

中国、特に北京は大気汚染で空気が汚れることがままあります。顕著なのは石炭を多用する冬ですけど、夏でも黄砂の影響で空が真っ白になることがあります。でも近年は大分マシになったかなあ。私が十数年前に留学していた頃はもっとひどかったです。日本に観光に来た中国人が空気清浄機を買って帰えるなんて話、当時はよくニュースでやっていました。

大気汚染で曇った北京(2010年10月撮影)

空気の悪いときは写真みたいに数百メートル先さえ見えづらくなります。あと異臭もするんですよね。中国人の友人から「あれは石炭のにおいだ」なんて言われましたが、どう嗅いでも石炭とは思えない化学物質のようなにおいを感じたこともありました。この頃を思い出すと、北京の空気が相当改善したのは間違いないと思います。

お昼は職場近くにある「江南菜」の食堂に行きました。バイキングのようにたくさんの料理が並べられ、お皿1枚に食べたいものをよそうシステムです。最後にレジで皿を秤の上に置けば、重さに応じて会計してくれます。

「江南菜」は江南地方の料理という意味。江南地方というのは長江の下流一帯を指し、上海、蘇州、杭州あたりですね。あのあたりは料理の味付けがあっさりしていて、日本人にも食べやすいものが多いように思います。

いろんな料理を食べようと種類多くよそったらまとまりのない見た目になってしまいました。白米とスープは自由に食べられます。ちなみに白米以外だとマントウなんかもありました。これだけ食べて31元(約700円)。ちょっと取り過ぎた感があるので、本当ならもう少し安いかもしれません。円安や海外の物価高の影響で日本人が海外で食事をしようとすると高くて大変だと言いますが、中国は食事に関しては安いので助かります。

無印良品北京旗艦店

無印良品の北京旗艦店が「朝陽ジョイシティ」(“朝阳大悦城”)という大型ショッピングモールにできました。できたと言っても、オープンしたのは今年2月。娘が生まれたり一時帰国したりでバタバタして行けていなかったのです。

ここ「朝陽ジョイシティ」は北京の中心部と言うにはやや東寄りですが、週末には多くの若者たちで混み合います。私が北京に赴任したばかりの頃はイオンが入っていました。日本の食材やトップバリューなんかが買えるので重宝していましたが、おととし10月に撤退しちゃったんですよね。長らくがらんどうになっていましたが、どうやらそこに無印良品が入ったようです。

大勢の客がいましたが、店内の通路が広く作ってあるのでゆったりしていました。何でも売り場面積は5000平方メートル、無印良品の中国最大の旗艦店なんだそうです。地下1階から2階まで3フロアもありました。値段設定は日本より若干高く設定されているものの、日本の無印良品で売っている大概のものは売っています。

ここには「MUJI Diner」(無印良品食堂)も併設されています。日本だと銀座の無印良品なんかにありますよね。

ハンバーグ丼(“手作和牛肉饼丼饭”)を注文しました。丼といってもお茶碗1杯分くらい……これで58元(約1300円)。ハンバーグに味がしっかりついていておいしかったです。上に乗った卵の黄身も濃厚。ちょっと足りないかと思ったので副菜として「小白菜」の炒め物(“黄油大蒜炒农场小白菜”)を注文。「小白菜」というのはアブラナの一種で、チンゲンサイみたいな見た目の野菜です。日本だと「パクチョイ」とも呼ばれています。

私は1人だったのですんなり入れましたが、複数人で来た人は順番待ちをしていたようです。しかし何ですね、1300円もするお茶碗一杯の丼を食べるのに中国の方々が並ぶ時代になったのか……と感慨深くなっちゃいました。まあ、もとより中国で無印良品が好きだという人(ムジラーって言うんですか?)は意識高い系の人が多いような印象がありますから、ここで食事をするくらいの人はみんな「そういうもの」だと思っているのかもしれません。

40度超は時間の問題?

今日は昼に人と食事をする約束があったので外に出たのですが、いやあ~暑い。

スマートフォンの天気予報アプリに表示された気温を見ると38度でした。北京は日本ほど湿気はないのでカラッとしていて、不快指数はそこまで高くありません。ただ日差しに出ると肌がジリジリ焼けている感じが分かります。

まさに1年前の去年6月、北京は40度超を記録して大騒ぎになりましたが、これじゃあ今年も40度は時間の問題かも。

 

今年上半期に起きた出来事

すっかりブログがご無沙汰になっていました。この数か月の間、本当にいろいろ相次いでバタバタ。ざっくり言うと、3つの大きな出来事がありました。

ひとつめは言わずもがな、娘の誕生。
娘が生まれてからの生活はまさに「180度変わった」という表現がぴったしでした。家の中が以前とまるで変わり、娘が生まれる前を思い出すと他人の家のようです。自分に使える時間はほぼ皆無になってしまいましたが、それでも娘が日々大きくなっていく様子を近くで見ていられるのは親になった醍醐味だと思います。

ふたつめは妻の病気。
妻がガンになってしまいました。このときばかりはあらゆる事態を想定しましたが、幸い早期に発見できたので出産直後に手術を受けられ、腫瘍は完全に切除することができました。まさか自分の家族が異国の地でガンの手術を受けることになるとは……けれど不思議と不安はありませんでした。中国の病院もしっかりしていたし、何より娘が生まれた直後だったので「やるっきゃない」なんて気合いが入っていたのもあるかもしれません。この点、娘には感謝です。

みっつめは家族での一時帰国。
妻の腫瘍は完全に切除できたのですが、再発や転移の可能性を考えると速やかに追加検査をする必要がありました。しかし中国で検査を受け続けるとなると今後は保険でカバーしてもらえず、結構な費用が発生します。ましてや生まれたばかりの娘がいるのに、その面倒はどうするのか。いろいろ考えた挙げ句、続きの検査・治療は日本の病院で受けることにしました。なので家族3人で急遽一時帰国。娘は当時まだ生後1か月で、パスポートさえも作れていませんでした。日本大使館に行ってパスポートの代わりになる書類を発行してもらい*1、現地の公安局に行ってビザを発給してもらい、もう、それはそれは忙しかったです。

妻はその後、日本の病院で追加検査を受け、ガンの転移はしていないことが分かりました。ただし念には念を、ということで再手術を実施。腫瘍があった部位をさらに大きく切除しましたが、そこからもガン細胞の残留は認められませんでした。つまり(現時点では)全身からガンがなくなったわけです。手術の影響で動きづらさは多少あるようですが、ぱっと見、以前と変わらない生活を送っています。ガンに苦しむ方がたくさんいらっしゃることを考えると、奇跡的ともいえる回復です。

私は仕事があるので、妻が日本で手術を受けた後ほどなく北京に戻りました。一方妻と娘はまだ日本にいて、今は北京に戻って生活をすべく準備を進めているところです。娘はパスポートもないまま帰国したので、中国に入国するにはビザを取得することから始めないといけません。

それにしても怒濤の数か月でした。人によっては人生で一度も経験しないまま終えるかもしれないようなイベントがこうも連続して起きるとは。私って「重なるときには重なる」んですよねえ。もうちょっと分散してイベントが起きてほしいと思います、本当に。でもまだ6月、2024年はようやく折り返し地点に至ったところです。この調子だと下半期、一体何が起きるのやら(^^;)。

もう少し若かった頃は「ダイナミック」なことが好きでしたが、この年齢になってくるとあんまり波瀾万丈な人生ではなく、平穏無事に「小確幸」をかみしめることができればそれで十分……なんて思ってしまいます。

References
*1「帰国のための渡航書」という書類です。

娘、再び病院

今日は娘の初の検診。とは言っても3日前に退院したばかりなので、検診というよりも「再検査」みたいな要素が強いかもしれません。だって中国語では“复查”(日本漢字だと『復査』)と言っていましたから。妻は別件で先に病院に行っていたため、私と娘、それに私の母と3人で遅れて向かいました。娘、退院後初めての外出です。

病院に向かう車内で娘が口をチュパチュパしだしたので「ああ、こりゃミルクを欲している」と察するも、どうすることもできず。そうこうしていたら病院に着いたので、とりあえず小児科に向かうことにしました。

病院の隣に団地があるのですが、団地の敷地内を歩いていた3人組のおばさま方が娘をじーっと見ています。うちの子がそんなに可愛いのかな(^^)なんて暢気なことを思っていると、おばさま方の顔が何やら険しい。そして「こんな寒いのに何でそんな薄着なの!帽子もかぶっていないから頭も寒そうじゃない」と叱られてしまいました。中国の人たちは子育てにおせっかいを焼くのが好きだと言いますが、まさか初めての娘の外出で叱られるとは……ちょっぴりショックです(涙)。

いざ小児科に到着して妻を待っていると看護師から「赤ちゃんの身長・体重だけ先に測っちゃいましょう」と言われ、いざ娘の服を脱がすとギャン泣き。間が悪いことにここで空腹のピークが来たか、という感じでした。結局、妻が間に合いそうになかったので小児科医に問診を始めてもらったのですが、娘はワンワン泣きわめきます。母が抱いてあやしてくれていたので何とか医師の中国語に耳を傾けますが、集中力が途切れて理解がなかなか進みません(笑)。

とりあえず大便・小便の回数、体重の増加幅、頭の形状など、諸々問題ないとのこと。団地の敷地内を歩くおばさま方に叱られていたこともあり、あなたの育て方は間違っていないよと言ってもらえたようで何だかホッとしました。

現地の公安局に出頭

大使館に出生届を出したのに続き、今日は現地の公安局に出生関係の届け出をしに行きました。昨日が日本側の手続きだったのに対し、今日は中国側の手続きです。

中国の公安といえば日本でいうところの警察。なぜ子どもが生まれて警察に行かなければならないかというと、中国では出入国管理も警察の所管なんです。日本だと法務省ですよね、出入国在留管理庁。日本でも外国の方が出産すれば出入国在留管理庁に届け出ないといけないのと同じで、私たちは中国では外国人なわけですから出入国管理を所管する警察に届け出ないといけないのです。そうしなければ、いくら新生児の娘であっても「不法滞在」になってしまいます。

とはいえ、娘は昨日やっと日本大使館に出生届を出したばかり。自分のパスポートはもちろん持っていないし、増してや日本国内の戸籍にさえ名前は掲載されていません。つまり中国の警察に出頭したところで提示できる日本側の書類はないわけです。しかし中国の規則では新生児も出生後60日以内に届け出ることになっているので、急ぎ病院が発行してくれた「出生医学証明」(“出生医学证明”)を持って訪問。とりあえず、これにて出生したこと自体は受け付けてもらい、日本のパスポートが手に入ったら再度公安局を訪問することになりました。

これで晴れて日本・中国ともに娘が生まれたことに伴う公的な手続きは完了。娘の存在が「認められた」ような感じがして何だか嬉しいです(^^)。

日本大使館に出生届

今日は娘の出生にかかる手続きとして、出生届を提出しに北京市内の日本大使館に行きました。

出生届は日本だと最寄りの役所に提出しますが、外国の場合は大使館なんですね。出生届の用紙は大使館に用意されていて、これ以外に届出人のパスポート(今回の場合は父親である私)、中国の病院が発行してくれた「出生医学証明」(“出生医学证明”)、その「出生医学証明」の日本語訳が必要でした。この日本語訳は自分で訳したもので大丈夫なようです。

ちなみに「出生医学証明」というのは中国の病院が発行してくれる書類で、子どもが生まれたことを証明するものです。この書類には子どもの名前を記載する必要がありますから、出生届を提出するよりも前に決めておかないといけません。ただ外国人の場合、「出生医学証明」に載る名前は基本的にアルファベットなので、最悪「漢字表記」だけは出生届の提出時まで悩める……ということになるかもしれません(^^;)。ほかにも多民族国家の中国ならではの「民族」と書かれた欄もありました。日本人の私たちは「大和民族」とでも書かれるのかしらんと期待していたら、実際には空欄でした。

去年8月に自分のパスポート更新で訪問した以来の日本大使館領事部です。

窓口で子どもの出生届を提出に来た旨を伝えると用紙をくれるので、これに記入していきます。ここに書いた情報が将来ずっと戸籍謄本に残ると思うと感慨深い……父である私が今日届け出たことや、そして娘の出生地も「中国北京市」と記載されます。娘にとって北京が名実共に第二の故郷になりますね。

事前に記入事項も調べておいたので、窓口では書き直しを指摘されることもなく提出完了。これが私の本籍地である岡山市の戸籍謄本に反映されるまでは2か月ほどかかるそうです。とりあえず、これにて日本側に娘の出生を公的に届け出ることができました(^^)。

注射器でミルク

娘がNICUでの健康観察を終え、晴れて一般病室に戻ってきました。

いざ戻ってくると肩に力が入ります。息はしている?オムツは換えないといけない?そろそろ授乳の時間?とにかく分からないことだらけ。抱き方ひとつにしても緊張しちゃいます。私の母はさすが3人の息子を育て上げたこともあって抱き方がうまい(^^;)。亀の甲より年の功だなあ。

こちらの病院では母乳を推奨しています。ただ出産直後だと母乳の出が悪いこともあり、その場合には看護師さんがこうしてミルクを飲ませてくれます。で、使うのが注射器(シリンジって言うんですね)。生まれたばかりの子どもはうまく吸えないことが多いので、こうして飲ませてあげるんですね。飲み終えると慣れた手つきで娘を縦抱きし、背中をポンポンと叩いてゲップさせます。当たり前なんですけど、あまりに看護師さんの要領が良いので見ていて感動してしまいました。分からないことがあれば、その場で聞けば何でも答えてもらえますし。

今日はこのほか聴力検査を実施。眠っている娘の耳に検査用の道具を使って何か聞かせていました。娘は寝っぱなしなのでどう調べているのか不思議ですが、脳の反応を見ているようです。周りは音を立ててはいけないのかと我々は固唾を飲んで見守っていましたが、右耳は問題ないものの、左耳のみ明日再検査することになりました。

追記)

左耳もその後、問題なしということになりました。何を以て問題なしなのか不思議な検査です(^^;)。

娘がNICUに入院

昨日生まれてきた娘ですが、小児科の医師からNICU(新生児集中治療室)に入院することを勧められました。生まれてくる前に子宮内でうんち(胎便)をしてしまったようで、羊水が汚れていたそうです。この汚れた羊水を飲み込むと、まれに肺に入って呼吸障害などを引き起こす場合があるのだとか(胎便吸引症候群)。ほかにも病気の感染リスクがあり、念のためにNICUに入院して健康観察したほうが良いと助言をもらいました。

娘の体に将来障害が残る可能性があるなら迷っている暇はありません。ただし先生は「おそらく問題はないけど『念のために』入院しましょう」と言います。うーん、悩みますねえ。と言うのが、こちらの病院ではNICUに入院すると日本円にして1日あたり30万円近い費用がかかるのです。「念のために」で1日30万円……

けれど最終的には入院を決心しました。海外旅行保険が適用できることが分かったからです。会社が結構良い海外旅行保険に入ってくれていて、帯同している家族も利用することができるのです。会社に問い合わせたところ、娘も生まれた瞬間から加入できる(というより『加入させられる』)ことが分かりました。一応保険会社にも電話をして「医師が必要だと判断した治療なら保険金は支払われる」と言質を取ったので、ありがたくNICUに入院することにしたのです。

けど、結果的にすごく助かりました。娘の健康はもちろんですけど、娘が一時的に手を離れたことによって妻が休める時間が確保できたからです。こちらの病院は「母子同室」を掲げ、娘は生まれた瞬間から妻とずっと同じ部屋にいました。親子の絆を深めるのが目的だそうですが、生まれて数時間の新生児が同じ部屋にいるのって相当気を使います。とにかく目が離せず、出産したばかりで体調の戻っていない母親はなおさら大変です。NICUだと専門の看護師さんが24時間つきっきりで見てくれるわけで、安心感がまるで違います。

NICUでの面会は1日3回まで。清潔区域*1のため、入口で専用の防護服、マスク、帽子を着用し、入室後も手洗いをした後、手指消毒剤で消毒を指示される念の入れようでした。当時NICUに入院していたのはうちの娘だけだったのでVIP待遇。いつ面会に行ってもスヤスヤ眠っていました。あまりに静か(微動だにしない)なので大丈夫?と思ったくらいです。すると看護師さんから「お腹が空いたときの泣き声はそりゃあすごいですよ」「今が静かなだけです」と笑いながら教えてくれました。

最終的に娘のNICUで請求された額は約1万5000人民元、日本円にして約33万円でした。想像していたよりは安かったですが、それでも高いですね。一旦は立て替える必要があるそうで、とりあえずクレジットカードで支払い。後日、病院の診断書や明細をインターネット経由で保険会社に送ったところ、翌日には振り込まれました。ありがたい限りです。

この日の夜は病院を後にし、北京首都国際空港へ。今夜から日本の母が身の回りの世話のために中国に来てくれることになっているからです。T3ターミナルの到着ロビーでぞろぞろと出てくる到着客を眺めていたら、大きなスーツケースをゴロゴロさせた母親が出てきました。中身に入っているのは私たち夫婦があれこれ持ってくるようお願いした日本の物品です。いやはや、ありがたい限り。自宅に着く頃には午後10時を回っていたため、遅い夕食は自宅で簡単に済ませました。

References
*1病原微生物の汚染を防ぐことに特化した空間のこと。
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