BOBOYORU.NET

The time is gone, the song is over, thought I'd something more to say.

20ページ目 (249ページ中)

中国の年末年始

2024年も残りわずかとなりましたが、今日も今日とて通常通り出勤します。日本では年の瀬ムードぷんぷんですが、旧暦の正月(春節)を重視する中国ではただの平日。今日も明日も働くし、なんなら元日も当番勤務なので働く予定です。

中国に来て3回目の年末年始。あれ?去年やおととしはもう少し「年末っぽい」過ごし方をしていたような気がする?と思い、カレンダーを見てみると、去年やおととしは元日が土日とくっついて連休だったんですね。今回は週のど真ん中が元日なので、1日休みになるだけで12月31日も1月2日も通常運行です。分かっちゃいますが、味気ない年末年始です。

その代わり旧正月にはしっかり休むんでしょ?なんて言われそう。休めることは休めるんですが、旧正月の時期って日本は逆に平日でしょ?うちは日本の会社なのでポンポン仕事の連絡が入ってくるんです。まったくねえ、こっちは普段から日本が休日なら「連絡はやめておこう」とか結構配慮しているんですけどね。そういうことを全く考えてくれない人もいるもんだからヤンなっちゃいます。

人生2回目のヘアカット

娘の髪が伸びて前髪が目にかかるようになったのでカットしました。実は秋頃にも人生初のカットをしているのですが、伸びるのが早いなあ。同じ月齢には地肌が見えるくらい薄い髪の子が多いですが、娘は大人も顔負けなくらいフサフサです。

前回に引き続き今回もパパカット。妻が日本で買ってきた散髪用ケープを使ってみました。すそが上向きに折り返しているので髪の毛が床に落ちにくくなっています。で、タブレット端末で楽しい歌を流します。そちらに注意を引き付け、おとなしくしておいてもらおうという魂胆です。

前回は短くしすぎてお坊ちゃまカットみたいになってしまったので、今回は前髪を少し切るのにとどめました。あとは全体的に梳いて髪の毛の量を少なくしました。結局は素人カットなのであまり手を加えないようにしたつもりですが、やはりお坊ちゃまカットに(^^;)。髪を切るというのは本当に技術だなあ、と感じます。

今年最後の寿司

年の瀬ですが、旧暦の正月を重視する中国では何でもない週末。せめておいしいものを食べて年末年始の気分を味わおうと、寿司を食べに行きました。去年北京にできた日本の回転寿司チェーン「スシロー」です。ただの回転寿司と侮るなかれ、海鮮がお高い北京で「安くておいしい寿司」がいただける日本の回転寿司チェーンは貴重な存在です。

スシローは中国語で「寿司郎」。北京に3店舗あり、中心部から一番遠い店舗に行くことにしました。スシローのスマートフォンアプリで確認したら順番待ちをしている客数がゼロだったからです。とは言え、中心部から離れているので店に着くまでに時間がかかります。こういうときはアプリ上で「オンライン整理券」を発券。店舗に着く頃にはゼロだった待ち時間が40分に増えていましたが、事前にオンライン整理券を発券していたので到着後ほどなく席に着くことができました。

うーむ、口福。こうやって海外にいても手軽に寿司が食べられるんだから、わたしゃ幸せな時代を過ごしています。だって、たかが十数年前の留学時代だって中国で寿司を食べようと思ったら高級な「回らない寿司店」か、味が中国化している「ローカル回転寿司店」*1しか無かったんだもの。これで今年の寿司は食べ納めかな。

References
*1中国ローカルの回転寿司店の特徴として炙り物など「火を加えた」ネタが豊富。今でこそ中国の人たちも刺身を食べるようになりましたが、以前は「生もの」に抵抗があるという人が多かったのです。

来年のカレンダー

会社のデスクに来年のカレンダーを置きました。気が早いですけど。

娘のカレンダー。妻が作ってくれました。シンプルなカレンダーなので、この日が何の日だとかそういうことを確認するより、娘の顔を眺めるほうがメインでしょうか(^^)。あとは自室に掛けているわたせせいぞうのカレンダーもそろそろ来年のを用意しなくっちゃ。

世界はひとつになれない

大晦日のNHKの紅白歌合戦に出場する星野源さんが歌う曲目を変更すると発表しました。

当初、星野源さんは「地獄でなぜ悪い」を披露する予定でした。この曲は星野源さん自身も出演した同名の映画の主題歌。この映画の監督に関して過去に週刊誌などで性加害疑惑の報道があったことから、今月23日に曲目が発表されて以降、「地獄でなぜ悪い」を歌うことに批判的な声がインターネットなどで上がっていたのです。

この「地獄でなぜ悪い」は私も好きな曲の1つ。かつて星野源さんがくも膜下出血で倒れ、生死をさまよった際の闘病生活を歌った曲です。コミカルなタッチのアニメーションで構成されたPVが印象的で、この中にも(おそらく)病床に伏す星野源さん自身であろう人物が登場します。

この曲が映画の主題歌であることは知っていました。ただ私はあくまで「星野源の歌」として聴いていたので、件の映画監督と結びつけて批判されるとは思いもしませんでした。だって私は映画を見たこともなければ、恥ずかしい話、監督の名前だって知らなかったんだもの。曲自体が映画の内容、あるいは監督をイメージしているならまだしも……何だか私には曲が「巻き添え」をくらっているように感じてしまいました。

最終的に星野源さん側は曲目を変更することにしましたが、それに当たって公式サイトで次のように説明しています。

楽曲「地獄でなぜ悪い」は星野源の曲です。

星野は2012年にくも膜下出血で倒れ、その闘病期に病院でこの楽曲の作詞をしました。詞の内容は、星野の個人的な経験・想いをもとに執筆されたものです。後述する映画のストーリーを音楽として表現したものではありません。星野源の中から生まれた、星野源の歌です。

一方で、すでにSNS等で指摘されているように、のちに性加害疑惑を報道された人物が監督した映画の主題歌であること、映画タイトルにある「地獄」というワードにヒントを得たこと、映画タイトルと同名の楽曲であることもまた事実です。この曲を紅白歌合戦の舞台で歌唱することが、二次加害にあたる可能性があるという一部の指摘について、私たちはその可能性を完全に否定することはできません。

今回の歌唱楽曲は「アーティストの闘病経験を経て生まれた楽曲で、いま苦しい時代を生きる方々を勇気づけてほしい」という、紅白制作チームからの熱意あるオファーを受けて選定された経緯があります。しかし、そのオファーの意図から離れ、真逆の影響を与えうるのであれば、それはオファーを受けた私たちの想いに反してしまいます。そのため、今回同曲を歌唱することを取りやめることにいたしました。私たちは、あらゆる性加害行為を容認しません。

https://www.hoshinogen.com/news/detail/?id=73

星野源さん側が「楽曲『地獄でなぜ悪い』は星野源の曲です」と言い切ってくれ、何だか少し安心しました。その上で「紅白歌合戦の舞台で歌唱することが、二次加害にあたる可能性がある」という指摘について「完全に否定することはできません」ともしています。ここまで考えた上で紅白歌合戦の曲目変更を決心したんですね。私はその意向を支持します。

ただ今回、この曲を歌うことが「性加害の肯定」という認識とイコールと受け止められたことがとても残念です。自らの制御が及ばぬことが理由で命を懸けて作った作品が簡単に抹消されてしまうやるせなさ。件の監督のために星野源さんがどこまで責任を負わないといけないのか、いわゆる「キャンセルカルチャー」について真剣に考えないといけないと感じます。

星野源さんの公式サイトは次の文章で締めくくっています。

この曲が多くのファンの皆様に愛していただいている楽曲であることを、私たちはよく理解しています。また、星野自身もとても大切にしている楽曲であることはこれからも変わりません。

紅白制作チームと協議の結果、今回は曲目を変更し、「ばらばら」を弾き語りします。

ご期待いただけますと幸いです。

改めて「地獄でなぜ悪い」に代わって歌われる「ばらばら」。星野源さんが大ブレイクする前に歌われた曲です。私は個人的に初期の星野源さんに好きな曲が多いので、私的には大歓迎~。しかしこの曲を選んだ星野源さんの隠れたメッセージ、私は何となく分かるような気がします。それは歌詞を読むと分かってきます。

世界はひとつじゃない
ああ そのまま ばらばらのまま
世界はひとつになれない
そのまま どこかにいこう

星野源『ばらばら』

追記)

朝日新聞が今回の騒動を伝えた記事にジャーナリストの江川紹子さんがコメントを寄せていましたが、まさに私が抱えていた「もやもや」を言語化してくれていました。一部、ご紹介します。

反論というほどではないのですが、どうしても疑問が浮かんでしまいます。「罪のない作品」に責任を科すことの是非、その責任はいつまで負い続けなければならないのか、という問いです。

星野さんが「地獄でなぜ悪い」を作ったいきさつや、それに込めた思いを伝えたうえで作品を披露する、という方法もあるでしょう。そういう道をとることもなく、「新たな加害を生む可能性ある作品」という評価を下し、これを排除し、芸能界での性加害やハラスメント問題の責任を負わせることが果たして適切なのでしょうか。そして、その責任はいつまで続くのでしょうか。

「罪のない作品」を排除し、罪のない人の表現活動を狭めることによってではなく、被害の現実を伝えたり法的な対応をしたり、あるいはさまざまな教育・啓発活動を展開する中で行われるべきではないか、という気がしています。

 

«過去の 投稿 新しい 投稿 »

© 2025 BOBOYORU.NET

Theme by Anders Noren上へ ↑